三国志に学ぶ!起業におけるCOO(軍師)のリクルート5選

これから起業しようとしている皆さんの多くはCEO(最高経営責任者)になる方かと思います。
しかし、一人で経営をディレクションするのはきついことです。そんな時にCOOがいると助かります。
COOとは、Chief Operating Officer。最高執行責任者。
事業運営に関する業務執行を統括する責任者。つまり軍師です。
起業には軍師がいた方がいいのです。軍師が居なかったら、いざ敵に大軍で攻められたり、少人数で城を守らなければいけない時、どうしろというのでしょう。
今回は、これまで一回も軍師とお付き合いをしたことがない起業初心者のために、とっておきの軍師のリクルーティングを『三国志』のエピソードとともに伝授しようと思います。

1 幼馴染みのあいつに軍師になってもらう。

(主君)孫策→(軍師)周瑜

そもそも「軍師」とは「軍中において、軍を指揮する君主や将軍の戦略指揮を助ける職務を務める者のこと」とwikiは言いいます。
要するに「自分より頭が良く、自分より冷静で、自分のやっているプロジェクトを助けたり助言をしてくれたり、なぞなぞのヒントをくれたり、マリオテニスの相手役になってくれたりする人」の事です。
冷静に考えてみたら、そんな稀有な人は、いると思いますか?
自分より頭が良くてどんな疑問も解決し、そのうえ、なぞなぞ博士でもある――そんな優秀な人物を自分の陣中に入れたなら、あなたのプロジェクトなんて、すぐに乗っ取られてしまうではありませんか。
軍師についてもらう人間に、私たちはどのように信用すればいいのでしょう。
一つ解決策があるとすれば、「幼馴染み」を軍師にするという方法があります。
これならば、どんなに頭が良く、足が速くて、宿題を見せてくれて、そのうえマリオテニスの相手役になってくれるような奴でも、自分を裏切ることはないでしょう。
なぜなら二人は幼馴染。子供の頃からの付き合いがあるのですから。

『三国志』でいうと、江東の覇王・孫策と、美周郎・周瑜(シュウユ)のコンビがこれに当たります。
孫策は子供時代から評判が良く、評判を聞きつけた周瑜の親が接近。孫策は周瑜から屋敷の一部を譲られ、親しく親交を結んだ、とあります(『江表伝』)。
その後、孫策が挙兵した際、いち早く一族と兵士を連れて孫策に合流したのが周瑜だったのです。
周瑜は「美周郎(うるわしの周ぼっちゃま)」と呼ばれるくらいにルックスがよく、知略・武略に優れ、音楽にも精通、美人の嫁さんをめとり、面倒くさい老人を時間をかけて宥めるのが得意という、よく出来た人物です。
そんな人物を軍師にするなんて、陰キャな我々はシラフじゃあとても付き合ってられませんが、相手が子供のころからの付き合いがあるなら、軍師としてこれほど頼れる相手もいないでしょう。

ここで起業家が学ぶべきところは、「幼馴染や、学生時代の友達から軍師を選ぶ」こと。
損得のない、無邪気な人間関係の中で育まれた絆は、何事にも代えられず、軍師としても信頼できものとなるに違いありません。

2 才能ある人に推挙してもらう。

(君主)曹操→(軍師)荀彧ほか

三国志最大の英雄といってもいい曹操は「人材発掘」に力を入れ、とりわけ能力のある軍師を山ほど抱えていました。
一体曹操は、どうやって人材を得ていたのか――? それは「信頼できる人に推挙してもらう」というシステムが機能していたから、といえるでしょう。

例えば、荀彧(ジュンイク)という軍師は曹操陣営の中で多くの軍師や将を推挙しました。彼が推挙した人物は『三国志』にもおおく記述があり、荀攸・鍾繇・郭嘉・陳羣・司馬懿・王朗……といった人材をどんどん発掘しては、曹操に推挙していきます。
また、その推挙された人から、またお勧めの人材を聞いていくという人材数珠つなぎシステムな様子が『三国演義』では表現されており、「荀彧に推挙された程昱が郭嘉を推薦し、郭嘉は劉瞱を推薦し……」という人材数珠つなぎエピソードが作られています。

※『三国志』は歴史書、『三国演義』は歴史物語。孔明が団扇からビームを出すのは『三国演義』のほう。

これは、「優秀な人材は優秀な人材から推薦してもらうといい」今でいう「リファラルリクルーティング」と言えるでしょう。優秀な人物は優秀な人と交流があります。
あなたの求めている軍師や人材は、あなたの近くにいる優秀で信頼できる人に推薦をお願いしてみると出会えるかもしれません。

3 軍師を「募集」するとこんなことになる。

(君主)袁紹→(軍師)郭図、逢紀、許攸

今度は失敗例を見ていきましょう。三国志において、序盤の曹操のライバルといえば袁紹。名家として生まれ、富豪でもあり、曹操とは比べ物にならない地盤を持った由緒正しきボンボンです。
彼の人材登用スタイルは、結果的に「求人募集」でした。袁紹の「名族」のビッグネームに惹かれ、多くの才能ある人々が彼の元に勝手に出向いては仕官していきます。
先の曹操に仕えた郭嘉や荀彧も、最初は袁紹の元に行ったとされていますが、彼らは逆に「袁紹は君主の器じゃない」と採用を蹴って曹操の元に行ったとしています。

結果どうなったかといえば、袁紹の軍師たちは重要な所で裏切ったり、足を引っ張り合ったり、袁紹死後子どもたちの陣営について権力争いをしたりと、散々な事になります。
袁紹配下の軍師たちは、能力そのものは高かったはずでしたが、肝心の袁紹が軍師の作戦を活用できず、軍師たちも不利になると見限る(許攸)、他の軍師を讒言する(逢紀)、戦に出ると負ける(郭図)、といったエピソードが『三国演義』で紹介されています。

これは「幹部クラスの役職を、求人募集でやってきた人に任せるな」といえるでしょう。
募集は、確かに多くの人との出会いのチャンスもありますし、それなりに能力が高い人だっているかもしれません。
ただし、それは「募集要項」に沿っただけで、自分の力以上の能力を出さず、よりよい条件が募集されたらよそへ行ってしまう事を覚悟しなければなりません。

編集部注)あくまで三国志に沿った解釈です。

4 とにかくお願いをして年下に軍師になってもらう。

(君主)劉備→(軍師)諸葛亮

さて「軍師のような重要なポジションのビジネスパートナーには、出会いのエピソードがあることが重要」と先に述べましたが、それならば『三国演義』の後半の主役、軍師といえばこの人、諸葛亮にまつわるエピソードがいいでしょう。
時の運に恵まれず、流浪をしていた英雄・劉備は、とある賢者から「伏龍を得れば天下が取れる」とアドバイスを受け、伏龍こと諸葛亮の庵を尋ねます。
しかし1回目、2回目も会えず、3回目にしてようやく出会う事が出来、天下を語り合う事が出来た――この一連は『三顧の礼』と呼ばれ、故事成語にもなっています。

「重要人物と一緒に仕事をするなら、3回くらい頭下げるのは普通じゃないか?」とお思いかもしれませんが、当時の諸葛亮は25、6歳。
周囲の評判は良かったものの、具体的にそれまでで世の中に何を成したかといえば「ブスと結婚した」事くらいしかやってません。

対する劉備は45歳。これは現在の社会に例えると、大企業での就職経験もあり起業したものの失敗して1から会社づくりをしようとしている40代の中年が、大卒して3年ニートをしつつ、ブスと結婚した評判のいい25歳の青年に、「会社役員になってくれませんか」と3回も寿司を奢ろうとする(しかも2回リスケする)、くらいの異様さだと言えるでしょう。

実際、劉備の周りでは諸葛亮を迎えるのに反対の声も上がったのですが、劉備は「私は魚、彼は水……」とわけのわからない事を言い出します。
これもまた『水魚の交わり』という故事成語になっていたりしますが、要は「自分という主体を『魚』として例えるなら、そのヒレや鱗となるのではなく、彼は周囲の水となり、客観的に自身を導いてくれる存在なんだ」と説得します。こうして諸葛亮は劉備の元で軍師として才能を花開かせ、劉備死後も忠節を貫き、その覇業を助けたのでした。

これなんか、起業家のみなさんは真似してみてもいいんじゃないでしょうか。
ポイントは、諸葛亮の事を竜に例えた賢者(司馬徽|水鏡先生)のような「妙に若者事情に詳しい奴」と事前に知り合いになる事です。

これは結構重要な人脈で、若者や学生の間で評判のいいやつという情報は、大学を卒業したとたん、耳に入ってこなくなってしまうもの。
そこで、若者とつながりの深い

「いつまでも大学のサークルや部活動に出入りするOB」
「若者相手によくワークショップやってる奴」
「若者の立ち上げるプロジェクトにやたらアドバイザーとして声をかけられやすい奴」

といった30過ぎの人々は貴重な人材情報の供給源といえます。
ただそんな30過ぎの輩は性格的にビジネスに向いてない人間が多く、起業家が付き合おうとするとなんか物足りなかったり調子が狂ったりしますが(司馬徽もいわいる「隠者」として、中央政界からは距離を置くアウトローではありました)、そこはあえて目をつぶって人間関係を保っておくことが重要でしょう。
そんな中で、これだ!と思った人に対して、「3回は寿司を奢る」というのは、軍師を探す40代起業家としての度量というものではないでしょうか。
その際は「2回くらい、特に理由のないリスケを食らう」事は覚悟してもいいと思います。

5 力が強いところのそばに出現するのが軍師だ。

(君主)呂布→(軍師)陳宮

最後にもう一例、『三国志』から君主と軍師の不思議な関係をご紹介します。それは三国志最強の戦闘力を誇った呂布と、その幕下で様々な知恵を授けた軍師・陳宮です。
『三国演義』では、陳宮は曹操の軍師として登場するも、方向性の違いで敵対し離脱。すると次の登場の時には、いつの間にか呂布の配下として曹操の前に現れる、といった具合で、急に呂布の軍師ズラして横に居る事になります。
呂布と陳宮が出会ったのは、「流れ」としか言いようがありません。陳宮がとある策謀を巡らしているさなかに呂布が反乱の首謀者として担ぎ上げられ、そのままの流れで二人は君主と軍師の関係になったのです。
この陳宮と呂布の不思議で不可解な関係は、「知恵を授けたい者は、必ず力の強い者のそばに現れる」という軍師のサガがうかがえるのではないでしょうか。

圧倒的な強さ、圧倒的な才能、プランニング、起業の力を持っている人のそばには、その力に惹かれて、どこからともなく口を出してくる人が寄ってきます。
その力が圧倒的であればあるほど、口出ししてくる人のレベルも高くなっていく……「軍師が欲しかったら、己が力をまず見せる事」。そうした流れで「軍師」は出現するのではないでしょうか。

以上、三国志に出てくる5つの君主と軍師の関係を見てきましたが、いかがだったでしょうか。
まだ「軍師」とお付き合いをしたことがない方は、下手に「募集」などかけず、幼馴染みや学生時代の友人に「今度起業するんだー」とメールをしてみたり、できる人にいい人紹介してもらったり、若い奴ばっか相手にしてるイタい奴に飯食いに行ったり、呂布になったりして見たら、いい出会いがあると思います。
というわけで皆さん、素敵なC00と出会ってください!そして天下をこの手につかみましょう!

山本健介

脚本家、演出家。埼玉県春日部市出身。早稲田大学第二文学部卒。2007年演劇ユニット「The end of companyジエン社」を旗揚げ。以降ジエン社の全作品の脚本と演出を務める。2015年『30光年先のガールズエンド』にて第60回岸田國士戯曲賞最終候補にノミネート。
舞台作品以外にも、映画『スマグラー』『SHORT PEACE』、テレビドラマ『東野圭吾ミステリーズ』などの脚本を手がける。
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